
Image by: FASHIONSNAP(Koji Hirano)

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今年、2年ぶりにパリを訪れ、2026年秋冬パリ?ファッションウィークを取材した渡辺三津子氏が感じた「変化の兆し」を、AI時代という背景を踏まえて綴る短期連載。
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短期連載の第1回目では「コム デ ギャルソン(COMME des GAR?ONS)」を取り上げたが、今回はそれ以外の日本ブランドに目を向けてみたい。パリ?ファッションウィークでの日本ブランドの存在感は、もはや欠くことのできないものとなって久しい。2026年秋冬シーズンでは、「サカイ(sacai)」と「アンダーカバー(UNDERCOVER)」がショーをお休みして、少し寂しさを感じたのは確かだったが、その他の日本ブランドの独自性も注目に値することは変わらない。今回は、かつては「オリエンタリズム」や「ジャポニズム」と関連づけられることも多かった日本ブランドの、モードとの独自の向き合い方の現在地について考えてみることにしよう(コム デ ギャルソン社のブランドについては次回のコラムで言及する予定)。
目次
「ジャポニズム」を再定義するヨウジヤマモト
毎回、「ヨウジヤマモト(Yohji Yamamoto)」のショーを見ると「あぁ、パリに来たんだな」と感じる。日本人デザイナーのショーであるのに、なぜそんな感慨を抱くのか、その要因の一端はまずショー会場にあるだろう。



建物に入るとすぐに階段があり、荘厳なレリーフや天井画が別世界へと誘う。
ヨウジヤマモトのショーは、ここ数年ずっとパリ市庁舎で開催されている。市庁舎は14世紀に誕生し、現在の建物は19世紀に再建されたフランス?ルネサンス様式の壮麗な歴史的建造物だ。エントランスから始まってショー会場のホールに向かうまで、別世界に誘い込まれるような豪華な天井画や贅を凝らした内装に目が奪われる。そんなフランス装飾美術の粋を凝縮した空間で、ヨウジヤマモトの2026年秋冬ショーに現れたモデルたちは、袖や帯、合わせのデザインなどが着物を想起させるドレスやコートをまとい、ランウェイをそぞろ歩いた。割れた漆器や櫛でできたヘッドピースをつけた女性たちの“みだれ髪”が西洋の美の中で、日本の情感を響かせた。



「ヨウジヤマモト」2026年秋冬コレクション Image by: FASHIONSNAP(Koji Hirano)
テーマは「時を超えた対話──ジャポニズム」。プレスリリースによれば、今回のコレクションは「日本からオートクチュールへ、そして再び日本へと至る旅路そのものである」と語られている。ヨーロッパ文化の象徴のような空間と、ヨウジヤマモトのコレクションの出会いが、テーマそのものを物語るようだった。自らの服作りを「日本」というサブジェクトに結びつけることを必ずしも好まない山本耀司が、あえて「ジャポニズム」というキーワードを使ったことが目を引いた。ショーの終盤を飾るドレスには葛飾北斎の作品がプリントされ、娘の葛飾応為の浮世絵も登場した。



「ヨウジヤマモト」2026年秋冬コレクション Image by: FASHIONSNAP(Koji Hirano)
ヨウジヤマモトのクリエイションは、昔から“トレンド”を狙う意思とは無縁だったが、最近は特にその傾向が深まり、どのルックを見ても「山本耀司の服」以外の何ものでもない感慨に襲われる。実はこれも、パリでショーを見ることのひとつの大きな喜びであるのだ。私の脳裏には一瞬「名人技」という言葉が浮かんだが、そのニュアンスも少々違うような気がしていた。ショー会場を去るとき、知り合いと歩きながら「(何を見ても耀司さんなのに)どうして古く見えないのだろう」という話になった。その日は外に出るとすっかり日が暮れていて、パリの街を覆う夜の闇にその“問い”もそのまま包まれていったのだった。

ライトに輝く金のレリーフがヨウジヤマモトの「黒」の世界を照らし出す。
「技術」を超えるための創造的「対話」
しかし、ずっとあの夜の“問い“は私の心のどこかに残っていて、パリからの帰路の機内で葛飾北斎と娘、応為を描いた映画(『おーい、応為』)を偶然観て、あることが閃いた。北斎は最晩年に「画狂老人卍」と画号を名乗っていた。90歳で没するまでさまざまな技法を学び続け、あと百数十歳まで生きられれば「一点一格が生きるがごとき絵を描けることだろう」と語っていたという。
技術とアートフォームへの飽くなき探究の姿に、山本耀司の姿がオーバーラップする。「画狂老人」の名をモード界におくならば、山本以外にふさわしい人物はいないだろう。その諧謔を含んだ響きもぴったりだ。

フィナーレに登場した山本耀司デザイナー
Image by: FASHIONSNAP(Koji Hirano)
北斎は、ゴッホやモネなど多くの西洋の芸術家たちに影響を与えて「ジャポニズム」の流行を生んだが、実は自身も洋画の技法を実践していて、その作品が10年ほど前にオランダで発見されている(シーボルトが持ち帰ったといわれる)。
もしかしたら、西洋で見出された「ジャポニズム」は、西洋にとってまったく未知の何かではなく、北斎が西洋的視点も経た上で得た内なる「対話」の芸術的結晶だったといえるのかもしれない。今シーズンのヨウジヤマモトが辿った「旅路」(「日本からオートクチュール(西洋)へ、そして再び日本へと至る」)と重なるイメージが浮かび上がる。

「ヨウジヤマモト」2026年秋冬コレクション
Image by: FASHIONSNAP(Koji Hirano)
そこからは、このようなことが見えてくるのではないだろうか。技術を習得するだけでは時代を超えることは難しく(古く見える)、超えるためには常に創造的な「対話」が必要だということ。着物からのインスピレーションにしても、ただ表層的な形を模すのではなく、技術の奥にその形と精神の「必然」を理解し、普遍化できるからこそ「古く見えない」のだ、と言えるだろう。
それは、オートクチュールとの向き合い方にしても同じことだ。山本が、かつてのインタビューで語っていた生地そのものへのこだわり──「生地が持っている比重、重さ、生き物としての素材を生かしたいと思う」──は、クチュールの根本である。そして、その「生き物としての素材」をまとうのはいつだって「今を生きる女性」(山本が愛してやまない)であり、その「対話」のなかで服の命が息づく限り、古く見えることはないのだ。
ちなみに、北斎は最晩年に動物の絵を多く描いたが、最後の作品は天空に登ってゆく龍の絵だった(空想の生き物ではあるが、北斎が描きたかったのはそこに宿る真の“生命力”だったのであろう)。
マメ クロゴウチが描く、自然とクラフトの「私小説」
「ジャポニズム」という系譜を現代のモード界に当てはめてみると、「マメ クロゴウチ(Mame Kurogouchi)」の制作姿勢にも見出すことができるかもしれない。デザイナー本人はそのような言葉を意識しているわけではないだろうが、陶器などの伝統工芸や職人技に魅せられ、その美しさをそのまま衣服として表現しようと試みるクリエイションには、自ずと日本のもの作りの精神が宿る。今季の秋冬シーズンのレファレンスにも、岐阜の和ガラス作家の作品や職人と作り上げた和紙プリントのファブリックなどが登場した。


ショー会場に展示された和ガラスの器。新緑を思わせる透明な緑がコレクションのキーカラーに。
26年秋冬コレクションのテーマは「リフレクション」。黒河内のアトリエがある長野の自然の中で体験する、急に霧が立ち込めたり、晴れて緑が見え始める瞬間など、自然の「間」に浮かぶ風景や時間を再現したという。その「間」には都会と田舎を行き来する自身の感覚も反映されており、ウールのセットアップとマウンテンウェア、クラフトとテクニカル素材などが透明に折り重なるように組み合わされている。



「マメ クロゴウチ」2026年秋冬コレクション
黒河内は、長野の田舎で暮らす祖母の生活を日記のように追ったストーリーを2014年にコレクションとして表現し、「心が動かされる美しさの根源が自分のルーツ、生まれたところにあったことを再発見した」と語っている。彼女はその創作姿勢を「私小説」と呼ぶ。「それがクラフトと結びついて、服としてどうアウトプットできるか」という、現在の自身のもの作りの方向性が誕生した。



「マメ クロゴウチ」2026年秋冬コレクション
効率とスケールよりも「濃度」を保つ
徹底して「私」から始まる創作は、わかりやすいトレンドとは無縁であり、マメ クロゴウチはパリコレクションでも独自のスタンスを保っている。その点ではヨウジヤマモトと同じく、「流行」を意味する「ファッション」とは「つながらない」姿勢を示す。
山本耀司は、若いデザイナーにいつもこう忠告するという。
「何か知りたいことがあるときにインターネットを使うな」。「自分の身体で歩き、触れ、嗅ぐ。“体験”という言葉は、“体”で“験(ため)”すという意味だ。頭でしかものを考えられないヤツは、デザイナーにはなれない」(『WWD JAPAN』2017/12/23)


ショー会場は、日本文化の「粋」を伝えるパリの総合施設「OGATA Paris」
黒河内の「私小説」も「体験」からしか生まれないものだ。また、ブランドの経営者でもある彼女は「会社を大きくするより、どう濃度を保てるかに興味がある」とその信念を語っている。効率とスケールを強みとするAIとは、世界との向き合い方が根本的に相容れないのだ。この姿勢は、ある意味で日本人デザイナーたちの強みと言えるかもしれない。
山本は現在までブランドを継続できた理由をこう語っている。
「45年間、ファッションのメインストリームではなく陽のあたらない棘(いばら)の道を歩き続けてきた。これが今日までクリエイションを続けてこられた理由だ」(『WWD JAPAN』2017/12/23)
ネットワークのなかで「ゴースト」を追ったアンリアレイジ
パリ?ファッションウィークで12年余りショーを発表し続けている「アンリアレイジ(ANREALAGE)」の森永邦彦が、26年秋冬コレクションで取り組んだテーマは「ゴースト」だった。士郎正宗の原作漫画『攻殻機動隊 THE GHOST IN THE SHELL』のアニメ化作品(押井守監督作)をビジュアルモチーフとし、ネットワークにつながれた人間と、目に見えないが人間の心を司る“ゴースト”の関係を服に表現した。
オープニングに登場した『攻殻機動隊』のアニメ作品に同期する「光学迷彩」のドレス。
アンリアレイジが追求する「テクノロジーを駆使して現実と非現実の間に新しい感覚を創造する」というコンセプトを、今回は、作品に登場する “光学迷彩”(世界の風景と同期する)のデザインに応用した。「世界の一部になる身体」というイメージのもとに「不可視をまとう」ことを森永は考えた。ショーでは、背景のスクリーンに同期するLED端末を埋め込んだドレスが登場し、視覚的なインパクトで“不可視のイメージ”を可視化した。


「アンリアレイジ」2026年秋冬コレクションImage by: ANREALAGE
漫画作者の士郎正宗によれば、”ゴースト”は「霊魂とでもいうべき」もので、人格を形成する存在、だという。第3次世界大戦後の近未来の日本を舞台に、AIやアンドロイドを駆使して国家や人間の危機に立ち向かう主人公の草薙素子少佐は、サイボーグ化された身体を持ち、人間としての脳だけがネットワークに繋がれている。彼女は、内なる“ゴースト”を常に感じながら、人間と機械の境界線について自問する。機械と“ゴースト”あるいはAIと人間といった、一見相反していながらも境界がどんどん曖昧になる概念がコレクションに反映されている。



「アンリアレイジ」2026年秋冬コレクションImage by: ANREALAGE
「現代のAI論」について問われた最近の取材で、士郎正宗はこう返答している。
「人間社会自体が良くならないと、人間の諸活動や知見を統計学的に学習している人工知能も良いものに育つのが難しいと思う」(『朝日新聞』ウェブサイト2026年2月14日)
つまりは、人間が生み出して人間が使うAIは人間の写し絵であり、“シンギュラリティ”を恐れる前に、人間に向き合うことなしにさまざまな問題は解決しない、ということであろう。人間として生きる私たちにとっても“ゴースト(霊魂)”は目に見えず、実態の証明もできないものであり、それを感じて、信じる「心の不思議」は永遠の問いであることに変わりはない。
『攻殻機動隊』は1989年に漫画連載が始まり、アニメーション作品公開以降、世界中でファンを増やし、さまざまな分野のクリエイターに影響を及ぼしてきた。ファッション界でもルイ?ヴィトンのニコラ?ジェスキエールは、かつて『THE GHOST IN THE SHELL』をテーマにコレクションを発表したほどの作品のファンである。
もしかしたら、近未来を描いた日本の漫画やアニメは、現代における「ジャポニズム」だと形容できるかもしれない。それは、一言で言うならば、新しい「世界の見方」の提示である。そんな日本文化への人々のオブセッションは、今や文化としての世界言語となりつつある。北斎が、近代西洋絵画の革新の扉を開いたように。
パリ?コレクション後の東京の展示会で森永邦彦と会ったとき、デザインにAIを取り入れる独自の開発もすでに進めている、と話していた。最新テクノロジーを使って「服をメディアとして創造する」(ウィメンズラインの)アンリアレイジにおいて、今後の展開(森永の”ゴースト”がどこへ向かうのか)に、興味が広がってゆく。

「アンリアレイジ」2026年秋冬コレクション
Image by: ANREALAGE
草薙素子少佐は、実際に電脳空間としてのネットワークにつながれた存在だったが、このデジタル&AI社会においては、私たちもすでにネットワークのなかで生きていると言ってもおかしくないだろう。四六時中SNSで情報や人とつながり、データの集積であるAIと“対話”しながら生活している。脳を刺激するアテンションエコノミーによる情報の偏りが幅をきかせる時代に、ファッションのあり方も大きく変化してきたといえよう。
ファッションには、トレンドを通して人々と「つながる」行為と、「つながらず」に個を育てる精神との、両極のベクトルが存在する。残念ながら現代は、「つながる」ことが大きくなりすぎて、いびつなバランスになっているのではないだろうか。
そんな、悲観的な気分になると、私はときどきモード界の「画狂老人卍」の歌声を思い出す。ヨウジヤマモトのショーではここ何年も、デザイナー本人が歌うオリジナル曲が流される。日本語で恋情や哀感、孤独について呟くように歌われる曲は、おそらく大半の日本人以外の観客には意味は分からない(日本人にも全部を聞き取るのは難しい)。しかし、デザイナー本人は「そんなことはお構いなし」といった感じで、観客たちも気にしない風情だ。ただその瞬間の「ヨウジの世界」が感じられればそれでいいのだ、他に何が必要なのだ??という境地がかえって心地よい。
最後に山本耀司の言葉で、デジタルデトックスしてみよう。
「本物のファッションなんて、そのうちなくなっちゃうかもしれない。でも、僕が生きてるうちは、そうはさせない」(『GQ JAPAN』2023年4月17日)
さあ皆さん(デザイナーだけじゃなくて)も、声に出して言ってみましょう。
最終更新日:
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