
Image by: ?Launchmetrics Spotlight

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今年、2年ぶりにパリを訪れ、2026年秋冬パリ?ファッションウィークを取材した渡辺三津子氏が感じた「変化の兆し」を、AI時代という背景を踏まえて綴る短期連載。
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短期連載2回目のテーマは、老舗メゾンの新クリエイティブディレクターたちの仕事に注目してみたい。昨今、新旧の世代交代が激化し、先シーズンは、新ディレクターたちの多くがデビューショーを披露して、ファッション界の一大転換期と呼ばれた。ではその後、彼らが2回目以降のコレクションを発表した2026年秋冬シーズンには、どんな変化が表れたのか。または、さらにはっきりと見えてきたこととは何なのか、を探っていくことにしよう。
目次
「伝統と革新」はAIと相性がいいのか
?まずは、AIとの関係性という視点から、クリエイティブディレクター(アーティスティックディレクターと呼ばれる場合もある)たちの仕事の特性を考えてみることから始めよう。
すでに存在するブランドを継承する彼らにとって最も大切なことは、メゾンのDNAを学び、そのレガシーと向き合うことである。そして、それらの作業のある部分は、AIが最も得意とする分野だともいえるだろう。
過去の膨大な資料や画像を取り込み、要求に応じて様々な角度からアウトプットを提供してゆく。その知識と記憶(すべてはデータだが)の量と詳細さにおいては、一人の人間の能力を超えることは想像に難しくない。実際にメゾンによっては、すでに自社の歴史的なデータとAIをつなぐシステムを開発しているのではないかとも推測される。

「ディオール」2026年秋冬コレクション
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「シャネル」2026年秋冬コレクション
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どのブランドであっても、継承するディレクターに求められる責務を包括的にひと言で表現するならば、「伝統と革新」であることは間違いない。その「伝統」の部分では、AIの力を今後も十分活用できると予測できる。しかし同時に、AIにすべてを任せることができないのも自明の事実だといえよう。まずはその理由を、「ディオール(Dior)」と「シャネル(CHANEL)」のコレクションを振り返りながら考えてみたい。

「ディオール」2026年秋冬コレクション
Image by: ?Launchmetrics Spotlight
ディオールのクリエイティブディレクター、ジョナサン?アンダーソン(Jonathan Anderson)は、メゾンでの初ショーを2026年春夏(2025年6月発表)のメンズコレクションで飾り、クリスチャン?ディオールがオートクチュールで発表したアイコニックなデザインを、メンズにもアダプトする姿勢を披露した。
それが9月のウィメンズのショーに繋がる導線を引いたわけだが、ウィメンズのショー会場では、創始者のムッシュ?ディオールを初め歴代のデザイナーたちへのリスペクトを示す映像が流され、コレクションにはメゾンを代表する“バー”ジャケットや1940?50年代のドレスを再解釈したルックが登場した。
今年3月の2026年秋冬コレクションでは、アイコンの“バー”ジャケットの再解釈がさらに多様化し、かつてのジョン?ガリアーノ(John Galliano)の流麗なラインを彷彿するドレスやジャケットなども見受けられ、デザインのバリエーションや装飾性が華やかに広がった印象を受けた。


「ディオール」2026年秋冬コレクション Image by:?Launchmetrics Spotlight
今回のディオールのショーで大きな話題を呼んだのが、チュイルリー公園の噴水池を利用してセットの蓮池を作り、「イマジナリーなチュイルリー公園」を再現したことだった。

チュイルリー公園の噴水池を利用した人工の蓮池。中央の橋と、池を囲むようにランウェイが配置された。
ディオールのショーはパリの中心に位置するチュイルリー公園で長年開催されているが、公園の歴史を辿ると、16世紀のフランス王妃カトリーヌ?ド?メディシスが建設を命じ、後にルイ14世が再設計した、パリの象徴のような場所である。アンダーソンは、プレスリリースでもその歴史に触れ、“太陽王”と呼ばれたルイ14世の「見ること、見られることに夢中に」なった「視認性」へのオブセッションに注目した。ルイ14世はパリ中に街灯を導入し、ヴェルサイユの鏡の間は彼のために作られた。——すなわち、現在まで続くパリが創出した劇場的都市空間(ファッションそのものともいえる)にアンダーソンは魅せられ、今シーズンのクリエイションを生み出したと考えられる。
今回のプレスリリースには、メゾン(ディオール)についての言及は一言もなかった。パリを語ることはディオールを語ることに等しい、という自負がそこにはあったのではないだろうか。


「ディオール」2026年秋冬コレクション Image by: ?Launchmetrics Spotlight
この、パリを象徴する公園に魅せられたデザイナーをもう一人、私は思い出す。ジョン?ガリアーノだ。彼は、「メゾン マルジェラ(Maison Margiela)」での最後の「アーティザナル」コレクション(2024年)で、自身にとっての「パリ」の集大成を披露した。
街灯の光が揺れるセーヌ川、夜更けのカフェに集まる夜の女たちと闇に消えてゆく男たち。そして、チュイルリー公園を散歩するブルジョア家族……。パリの昼と夜が、ガリアーノのイマジネーションのなかで、美的なロマネスクとして立ち上がった世界だ。かつてのチュイルリー公園は、社会的地位にふさわしい服装着用がルールとされており、ガリアーノの描き出した家族は、完璧なドレスコードを仮想の人工的な肉体(コルセット)の上に創り上げられていた。

「メゾン マルジェラ(Maison Margiela)」2024年「アーティザナル」コレクション
Image by: Maison Margiela
ガリアーノは、東京で開催された「アーティザナル」コレクションの展覧会解説を自らのナレーションで行ったが、その冒頭で、住み始めてすぐにパリに魅了された過去を語っていた。それはすなわち、メゾン?ディオールでの体験とともに編み上げられた記憶だといえよう。
1989年就任のジャンフランコ?フェレ(Gianfranco Ferre)以降、ディオールのデザイナーはフランス以外の出身者が続いている。パリを象徴するブランドを読み解く視点は、各自かなり幅が大きく(時代の違いもあるが)、それぞれの個性とパリの文化の何に注目するかという観点が、各自に求められた「革新」の方向性を決定したのであろうと思われる。あくまで私の印象なのだが、ガリアーノとアンダーソンは表現の性質は違えども、歴代デザイナーのなかでも、イマジネーションの飛躍力とコンセプト(ガリアーノの場合はファンタジーか)の多様性という点において特性のある人物に思える。それぞれ、UKの周縁的土地の出身(ジブラルタルと北アイルランド)という共通項にも何かの影響があるのだろうか、と想像は膨らんでゆく。
また、二人が、「人工的」なものに関する「美」に関心を注いだことも興味深い。ガリアーノはコルセットで作り上げた「人工的な肉体」に息づく美しさを見つめ、アンダーソンは、「人工的な空間」で「見る、見られる」行為と服の美しさを表現した。


池に浮かぶ人工の睡蓮の葉と花。
アンダーソンはプレスリリースのなかで、今回のショー空間について、「公園の中で演出される、公園のイミテーション」に人工の睡蓮が浮かび、「現実が非現実に磨きをかける」と述べた。最後は詩のようにひと言、「人為性の美学」と結ばれている。人は「役を演じるために服を着る」という彼の考えに従えば、ファッションとは、自然の美しさに憧れながらも「人為性の美学」を発露するものだ、ということなのだろうか。
ここまで、ディオールのクリエイションを辿りながら見てきたように、ファッションデザイナーの才能とは、自身の内面にしか捉えられない極めて不定形の記憶や欲望を、モードの歴史に重ね合わせ、人々の感覚を揺さぶる「美しさ」に変換する能力、といえるのかもしれない。
「氷山」の見えない部分に潜むコンテクスト
さてここで、AIの話に突然戻ることにしよう。
私が、今回のテーマ(「AI時代のファッションのゆくえ」)を考えるにあたって、ヒントを得たひとつの記事がある。たまたま目にしたビジネスメディアの連載(『日経ビジネス』電子版/「ひとつ上の言語化」)で、「AIのプロンプトと言語化」をテーマにした3人の専門家(AIコンサルティング、コピーライター、生理学者)による鼎談だ。そのなかで、「生成AIで書いた小説はなぜ面白くないのか」という問題が語られていた。その理由のひとつが、書く「人間」の「コンテクスト(文脈)とプロセスが(作品に)入っていないから」ということだった。
例えば村上春樹のような作家がアウトプットを出すに至った、その過程のなかに存在するもの???「子どもの頃の体験」や「失恋」やさまざまな個人的経験???は、作品の下にある大きな“氷山”の見えない部分で、「生成AIの学習対象、アウトプットの材料になるのはその氷山の一角に過ぎない」という。AIがその創作物の「背景」を解き明かすのは、氷山全体が巨大過ぎて「おそらく無理」だろう、ということだ。私の考えを付け加えると、その氷山は大きいだけでなく、複雑で、無意識の謎に満ちているのだと思う。ファッションに置き換えてみれば、「伝統と革新」の「伝統」のどの部分に光を当て、どのように「革新」するかは、各デザイナーの“氷山”全体が作用するものといえる。
ディオールのプレスリリースに並ぶ、「散歩する人々の互いの視線」、「公園のイミテーション」「人工の睡蓮」などのイメージにアンダーソンがなぜ注目し、その関連性に命を吹き込もうとするのかは、彼の“氷山”が知るのみ、ということであろう。それが、クリエイターのオリジナリティと呼ばれるものなのだ。アンダーソンは、リリースの冒頭に、ある小説の引用を載せた。
「噴水は空中に水しぶきの雲を投げ、気まぐれに虹をかけた」
レズビアン、クィア文学の“金字塔”といわれる、1920年代英国の作家、ラドクリフ?ホールの作品『孤独の井戸』の一節である。噴水が生む虹という、人工物と自然が融合する美を讃える意図なのか、それとも別の暗喩なのか??。その答えは、ショーの翌日に同じチュイルリー公園の会場で開かれた展示会で、服やアクセサリーにデザインされた睡蓮の葉や昆虫、花々の姿とともに、公園の春の緑のなかに溶け込んでいった。

睡蓮の葉と花をデザインしたサンダル。ショー用に再現された緑のベンチの上に展示されて。
パラドックス(矛盾)がAIを超える
シャネルのショー会場として恒例となったグランパレも、パリを象徴する記念碑的建築物である。

1900年パリ万博で建造されたグランパレ。昨年修復されてシャネルのショー会場としても復活した。
1900年パリ万博のために建造されたパビリオンであるグランパレは、古典的な石造りの外装に、鉄とガラスで覆われた天井が当時としては新しかった近代建築の意匠を誇っている。まさにココ?シャネル(Coco Chanel)が切り拓いた20世紀的モダンスタイルと時代がリンクしている。



ショー会場のメジャーのオブジェが、よく見るとエッフェル塔の鉄塔の骨格を思わせる造形になっている。
しかし、この壮麗?壮大な建築物のなかで2度目のプレタポルテのショーを開いたマチュー?ブレイジー(Matthieu Blazy)は、メゾンの魂であるただ一人の女性、ココ?シャネルと時空を超えた“対話”を続けることを選んだ。
ディオールというメゾンの核心を、パリの象徴?文化とシンクロさせることで概念の広がりを見出したジョナサン?アンダーソンとは対照的な態度だといえる。


「シャネル」2026年秋冬コレクション?Launchmetrics Spotlight
前回のデビューショーでブレイジーは、ココの最愛の人、ボーイ?カペルとの愛の物語に注目し、男物のシャツをまとう「新時代の自由な女性」というイメージをコレクションの中心においた。
そして、2回目の秋冬コレクションでは、ココが体現した女性の二面性という概念を普遍的に展開した。プレスリリースでは、「ファッションは毛虫であり、蝶でもある。昼は毛虫、夜は蝶になりなさい」というココの言葉が引用され、そこからブレイジーは、「シャネルとはパラドックス(矛盾)」である、という定義を導き出す。


「シャネル」2026年秋冬コレクション Image by: ?Launchmetrics Spotlight
今も私たちは、ガブリエル?シャネルという実在の女性に心奪われ、多くのファンタジーと励ましをその存在から得ているといえる。没後55年も経った人物のイメージと物語を、これほどまで鮮やかに世界中の人々が共有していることは驚異的である。シャネルという女性が自ら語ることを好み、印象深いアフォリズムやインタビュー、評伝などが数多く残されたことに加えて、メゾンがその存在をかけてシャネルのイメージの発掘と再生産を絶え間なく行ってきた結果だといえるだろう。それは、ビジネス戦略としての必然だが、その度にココ?シャネルの人物像の解像度は高くなり、私たちは彼女をあたかも知っていたかのようなリアリティを感じ始める。
もちろんその物語は、“現在という地点から編み上げられた歴史”であるわけなのだが、私たちはシャネルのツイードのジャケットやキルティングのバッグの内に、自由と愛を求め、女性たちの生き方を変えた一人の女性の“霊=魂”を無意識のうちに見てしまう。そしてそのイマジネーションは、確実に記号としての“物の価値”を引き上げる役割を果たす。伝統的な職人技の対価だけでは、ブランド総体としての“アウラ”は測れないといえよう。(“アウラ”とは、思想家のヴァルター?ベンヤミンが芸術について唱えた概念で、機械による大量複製があふれる現代において、オリジナル作品が持つ「いま、ここ」にしか存在しない神秘性や権威、魅惑のことを意味する)
ファッション史のなかでも、ブランド創始者の存在感がこれほど強大になった例は見当たらない。したがってその歴史を継ぐ者は、“彼女”と真正面から対峙しなければならないのは必至のこととなる。ブレイジーは、最初にシャネルのアーカイヴを見た日、完全に圧倒され、立ちすくんでしまったという。どうすればいいか分からないまま、シャネル関連の本を読み漁るなか、偶然「シャルベ(Charvet)」(パリの老舗テイラー)のシャツのエピソードに出会ったという。

「シャネル」2026年春夏コレクションでは「シャルべ」とコラボレーションした
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その“発見”は、まさにブレイジー自身の人生の「コンテクスト(文脈?背景)」が反応し、見出したものだといえる。シャネルの膨大な資料や作品を取り込み「AIココ」のようなものは案外容易に作れるのかもしれないが、AIが「圧倒され」たり「立ちすくむ」ことは決してない。安定を脅かす心の“揺れ”がなければ、未知の出会い(シャルベのシャツのように偶発的な)は訪れないといえよう。そして、その“偶発的出会い”がブランドに新たなストーリーを書き加えていくのだ。


「シャネル」2026年秋冬コレクション Image by:?Launchmetrics Spotlight
2026年秋冬の2回目のショーでは、「毛虫と蝶」のイメージが「現実と幻想の対話」として表現され、実用的で着心地のいいスーツから装飾と技巧を凝らしたきらびやかなドレスまで、バリエーションの幅が明らかに増していた。ブレイジーが、ラフ?シモンズ(Raf Simons)やセリーヌ時代のフィービー?ファイロ(Phoebe Philo)の元で体得した現代性とリアルな女性像、ジョン?ガリアーノ時代のメゾン?マルジェラの「アーティザナル」で学んだクチュールの技術や装飾性と夢は、シャネルにおいてひとつの大輪の花として咲いた感がある。

「シャネル」2026年秋冬コレクション
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ここまで、デザイナーという人間の背景にある「コンテクスト」とクリエイションの関係の重要性を、ディオールとシャネルの例を見ながら探ってきた。
一方で、実はAI用語としても「コンテクスト」は、情報や指示(プロンプト)を正しく処理するための「前提条件」や「関連データ」を指す欠かせない概念だという。そのアナロジーに沿って考えてみれば、ファッションにおける最大の「コンテクスト」は、ブランドの物語に掛け合わされる後継者の人間性そのものといえるのではないだろうか。彼らの明確な「ヴィジョン」だけでなく、人間の背景(コンテクスト)にある「複雑さ」や「無意識」「本能」がアウトプットの深さと魅惑を生み出してゆく。
人間の「パラドックス(矛盾)」が、海中に沈む“氷山”に眠っているとすれば、ファッションの未来のためにも、デザイナーたちのそれが、ずっと溶けない(または、解けない)ことを願うべきだろう。──後編に続く。
最終更新日:
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