
ミラノを拠点とする「セッチュウ(SETCHU)」の服は決して安価ではないが、シーズンを越えて着続けられるタイムレスな機能美によって、確かな支持を集めている。
ADVERTISING
サヴィル?ロウで培ったテーラリングと、日本と西洋の美意識をベースに、セッチュウのクリエイションは常に実用性と紐づいている。極寒のグリーンランドで着用されているアザラシの皮を用いた服の構造から着想を得たパターンメイクや、船上での悩みを解決する“洗えるカシミヤ”、そして鮎の香りを表現した独創的なフレグランス。デザイナー桑田悟史のアプローチは一見ユニークだが、そのすべてが徹底したリサーチと実用性に裏打ちされたものだ。5000種の生地と向き合ってきたからこその妥協なきデザインプロセスから、円安という逆風下で新たに見据える現実的なビジネス戦略まで。独自の立ち位置を築く気鋭ブランドのクリエイションの背景を紐解く。


シグネチャーモデル「オリガミジャケット」。折り目にそって畳むことができるため旅行に適している
桑田悟史
1983年生まれ。ピエール?カルダンのアシスタントをしていた叔母や芸大出身の祖父、母の影響を受けてファッションに目覚める。高校卒業後に、ビームスで働き、21歳で渡英。サヴィル?ロウの老舗テーラー「H.ハンツマン?アンド?サンズ」などでテーラリングを学びながら、アートスクールのセントラル?セント?マーチンズに通いはじめ、ガレス ピュー、ジバンシィ、「イードゥン(EDUN)」、Ye(カニエ?ウェスト)のオフィスなどで経験を積む。2020年「SETCHU」を始動。2023年LVMHプライズのグランプリを受賞。25年ピッティ?イマージネ?ウオモのゲストデザイナーとして初のファッションショーを開催。以降、ミラノファッションウィークのメンズコレクション会期で発表を継続中。2027年ANAの制服リニューアルでは、客室乗務員と旅客係員の制服デザインを担当する。
グリーンランドのアザラシの皮を用いた服から生まれた「機能美」
??南青山のセレクトショップ「イザ(I Z A)」では、セッチュウの2026年秋冬コレクションのローンチイベントを開催していますね。最新作だけでなく過去のアーカイヴまで、国内最大の品揃えで販売しています。
セッチュウの強みは、どのセレクトショップでもシーズンに関係なく定番アイテムを扱っていただいていること。そのため、基本的にセールも行っていません。過去のシーズンのものでも、最新のコレクションとミックスしてスタイリングでき、それがセッチュウの考える、新しいファッションのサステナブルなあり方でもあります。
??2026年秋冬コレクションは、装飾と機能のバランスが研ぎ澄まされていると感じました。
やはり日常で着る服である以上、「飽きないデザイン」であることが最も重要だと考えています。セッチュウのブランドDNAを構成する重要なキーワードの1つに「タイムレス」があります。 例えば、ストラップのように「体を縛る?固定する」という機能から生まれたディテールであれば、衣服のどこに配置されていても普遍性を保ちます。ボタンも元々は装飾ではなく「締める」という機能的なパーツですよね。昨今クワイエット?ラグジュアリーという概念もありますが、単にプレーンすぎるシャツでは新たに作る意味がない。その極めて繊細なバランスを常に探求しています。


2026年秋冬コレクション ?Launchmetrics Spotlight
??2026年秋冬では前身頃に偏ったアームホールのデザインが特徴的でしたが、機能的な視点から生まれたのでしょうか?
グリーンランドのイヌイットの衣服からヒントを得ています。現地の国立美術館で目にしたのですが、過酷な環境下で生きる彼らが、早く的確に服を仕立てるための工夫として、生地を繰り抜いてアームホールにして着用していたんです。非常に理にかなっていますよね。パターンとしては、通常よりもアームホールを大きく設計しており、腕の可動域が非常に広く、動きが一切制約されません。グリーンランドの知恵に、イタリア?ナポリ特有のハンドステッチの技法を掛け合わせ、そこに日本のアイデアを同居させる。これぞまさにセッチュウならではのバランスだと言えると思います。


FASHIONSNAP
釣り糸を選ぶように、最高級の生地と向き合う
??桑田さんのライフワークといえば「釣り」ですが、釣りでの体験と服作りに共通点はありますか?
「道具と環境のバランス」ですね。私がサヴィル?ロウの老舗テーラー「H.ハンツマン?アンド?サンズ(H.Huntsman&Sons)」に入った時、まず最初に5000種類もの生地を選定する仕事を任されました。フィッティングをして採寸し、もし生地選びを間違えれば、お客様がお支払いになった200万円が無駄になってしまう。最初の1ヶ月は極度の緊張感の中で、何度も採寸をやり直しました。 釣りも同じで、小さな魚を釣るために太い糸を使えば、魚に警戒されてしまいます。対象の生態や環境を深く洞察し、最適な道具(素材やディテール)を選び抜く。その知識を深めていくプロセスは、ファッションを探求する面白さと一致していると思います。

Image by: FASHIONSNAP
??セッチュウと言えば生地へのこだわりですが、特に直接手に取ってほしい素材はありますか?
毎シーズン定番として展開している「ウォッシャブルカシミヤ」と「和紙混のデニム」ですね。 デニムは、日本のシャトル織機で織り上げています。日本のシャトル織機は、世界のラグジュアリーメゾンから高く評価され、大量生産も難しいので生地数は限られていて、セッチュウではインディゴと白の生地はほぼ完売状態で、黒をわずかに残すのみです。セッチュウのデニムは11オンスとあえて少し薄く、軽く仕上げているのですが、そこに「和紙」を混紡しています。和紙の特性により、冬は暖かく夏は涼しい。抗菌性が高く、匂いがつきにくい上、速乾性にも優れているため、トラベルウェアとしては最高のパフォーマンスを発揮します。
??ウォッシャブルカシミヤのニットも毎シーズン人気が高いですね。
これも旅行先で水洗いできる実用的なアイテムです。開発の発端は、ヨットを嗜む富裕層の方々の悩みでした。彼らは1ヶ月ほど船上で過ごすのですが、100万円以上する最高級のカシミヤニットに赤ワインをこぼしてしまった際、船上ではドライクリーニングに出せないため破棄せざるを得なかったそうです。 そこで、カシミヤの糸を事前にお湯に3回通して縮ませた後、コットンと混紡して生地を編み上げました。どれほど汚れても船の洗濯機で水洗いが可能で、型崩れもねじれも起きません。高価格帯ではありますが、世界中のお客様から高い評価と信頼をいただいています。

Image by: FASHIONSNAP
??オリジナル生地の開発は、イタリアで行うことが多いのでしょうか?
そうですね。イタリアを拠点にしている最大の理由の一つにスピード感があります。イタリアには「バーティカルミル」と呼ばれる、糸紡ぎから編み、仕上げまで全てを同一敷地内で行う工場が存在します。日本であれば小ロットでも1000メートルから、期間も3?4ヶ月を要するところを、イタリアなら25メートルから、早ければ2週間で仕上げてくれます。その分コストはかかりますが、小ロットに対応してもらえ、機動力があるということは我々のような小さなブランドにとって大きな魅力です。 その一方で、日本のテキスタイルも非常に素晴らしいので、今後は国内のメーカーさんとも新たな取り組みをスタートさせる予定です。
??アクセサリー類などウェア以外のアイテムも豊富に展開されています。昨年登場した香水の反応はいかがですか?
フレグランスを開発する前、ドーバー ストリート マーケット(DOVER STREET MARKET)のエイドリアン?ジョフィ(Adrian Joffe)CEOから、「パッケージを変えただけの似たような香りを出すのが大半のやり方だから、中身そのもので勝負しなさい」という助言をいただきました。そこで、調香師には言葉と単語だけで抽象的なコンセプトを伝え、これまでに存在しなかったユニークな5つの香りを完成させました。通年を通して最も支持されているのが玄米茶の香りの「Monday, 9 am」です。また、世界初のアプローチであろう魚を表現した鮎の香りの「Thursday, 1 pm」も夏季に人気を集めています。フランスでは、畳から着想を得た「Friday, 2 pm」の香りが好評ですね。

Image by: FASHIONSNAP
??シルバーアクセサリーにも、折り紙の要素など特有のデザインが落とし込まれています。
アクセサリーラインのチェーンのデザインは、私がイギリス時代に壊れたブレスレットを知恵の輪のようにはめ込んで直した経験からインスピレーションを得ています。そこから、折り紙の鶴を折る際の「山折り?谷折り」の構造を表現したスタッズへと派生していきました。 一見シンプルですが、サイズごとに谷折りの幅や削りをミリ単位で手作業で調整しています。お客様の指のサイズに合わせてオーダーメイドで制作しています。


FASHIONSNAP
??バッグも独特のフォルムですね。
クロスボディバッグは魚のフォルムから着想を得ています。釣りに行く際に使用するバッグの形状をベースにしていますが、折り紙のようにフラットに畳めば13インチのPCも収納可能です。ヨーロッパはスリなどのリスクも高いため、身体に密着するこの構造はセキュリティ面でも優れています。レザーに関しては、自分で素材を一つ一つ確認しクオリティを担保するようにしています。

Image by: FASHIONSNAP
??9月には「エーグル(AIGLE)」とのコラボも控えています。
「エーグルといえば?」と問われた際、ラバーブーツは思い浮かべても、どのようなウェアを作っているかまで即答できる方は少ないのではないでしょうか。今回、単なる表層的なデザインの提供ではなく、「ブランドのアイデンティティを再構築し、視覚的に定着させる」というブランディングの視点から携わらせていただきました。
エントリーモデルの展開も、今後のビジネスプランは?
??クリエイションの評価が高まる一方で、円安という厳しい現実もあります。ビジネスとして今後どうスケールさせていく構想ですか?
お客様に少しでも手に取っていただきけるよう、ブランドとして最大限の企業努力を重ねています。 具体的には、日本の生地メーカーと協業し、新たなエントリー層に向けたラインナップを準備中です。セッチュウならではの手仕事のニュアンスや高い品質は維持しつつ、例えばライニングの仕様を見直したり、生地の裁断効率を最適化したりすることでコストダウンを図ります。ジャケットであれば20万円以下、シャツで5?6万円台、Tシャツで3万円台で提供できるものを、段階的に拡充していく計画です。

??ブランドの規模が大きくなっても、拠点やチームの体制は変わらないのでしょうか?
当面はミラノを拠点とし、発表の場も変える予定はありません。私自身、ブランド設立からの6年間は自身の報酬を設定せず、利益をすべてクリエイションとチームへの投資に還元してきました。ミラノでの移動も、基本的には地下鉄や自転車です(笑)。
また、日本のディストリビューターである三喜商事の方々も、ブランドの成長を見据え、献身的にサポートしてくださっています。 ファッションビジネスの根幹はチームワークです。生産背景から最終的なお客様に至るまで、すべてのステークホルダーと綿密に意思疎通を図りながら、より良いものを作り上げていく。急激に価格帯やデザインを変節させるのではなく、地に足を着けたまま、セッチュウをより高い次元へとスケールさせていきたいと考えています。
最終更新日:
ADVERTISING
PAST ARTICLES



















