レノマCEO ステファニー?レノマ氏
Image by: FASHIONSNAP

レノマCEO ステファニー?レノマ氏
Image by: FASHIONSNAP
1963年にパリで誕生した「レノマ(renoma)」。創業者モーリス?レノマ(Maurice Renoma)は、メンズ?プレタポルテを出発点に、革新的なアイデアをファッションに持ち込み音楽、映画、アートの世界で活躍する数々のアイコンを魅了してきた。現在ブランドのCEOを務めるのは、モーリスの娘であり、自身もファッションデザイナー、フォトグラファーとして活動するステファニー?レノマ(Stefanie Renoma)。ブランドのレガシー、父から受け継いだ自由の精神、日本市場への思い、そしてレノマのこれからについて聞いた。
ADVERTISING
レノマは、メンズウェアの既成概念を覆したブランドとして知られている。創業者モーリス?レノマが提示したのは、クラシックで均質的だった当時の装いとは異なる、色や柄、素材、ジェンダーに捉われない自由なスタイルだった。
「当時のフランスのファッションは、グレーを基調としたクラシックで直線的な服が多かったのです。そこに父は、花柄や男女のミックスといった、当時としてはとても大胆な要素を持ち込みました。最初は周囲から"クレイジーだ"と言われていましたが、次第に音楽や映画業界のクールな人々が彼の服に惹かれていき、パリの若者たちが憧れるようになったのです」。
そう語るのは、モーリスの娘であり、現在ブランドのCEOを務めるステファニー?レノマだ。デヴィッド?ボウイ、ミック?ジャガー、エルトン?ジョン、セルジュ?ゲンスブール、ジェーン?バーキン、ジョン?レノン、アンディ?ウォーホル、パブロ?ピカソ、サルバドール?ダリ——。レノマの服は、時代を象徴する名だたるミュージシャンや俳優、アーティストたちに愛されてきた。

「父の周りには、映画スターやミュージシャン、アーティストが自然と集まっていました。ヘルムート?ニュートンやギイ?ブルダンのような写真家たちとも親交があり、ブランドはアートを共通言語に持つ、大きなファミリーのような存在でした」。
レノマの革新性は、シルエットや着こなしだけにとどまらない。モーリスは、服飾用ではない素材を服に持ち込んだ。カーテンやカウチなどのインテリアファブリック、軍用テントなどのテクニカルな素材などだ。父であるモーリスについて、ステファニーは「自由な精神の持ち主」と表現する。
「私にとって父は、友人のような存在でした。必要な自由をすべて与えてくれましたし、誰のことも、どんなこともジャッジしませんでした。人は皆それぞれ違う。だから境界線を設けるべきではない、ということを深く理解していた人です。その考え方が、彼の革新的なクリエイションにつながっていたのだと思います」。
ステファニー自身もまた、幼い頃からファッション、写真、アートに囲まれて育った。美術学校で美術史を学び、その後パリのエスモード(ESMOD)に進学。イタリアでは「イヴ?サンローラン(Yves Saint Laurent)」のニットウェアにも携わった。その後、日本におけるレノマのライセンスビジネスに関わり、キッズやウィメンズコレクションを担当。2000年には自身のブランド「ステファニー?レノマ(Stéphanie Renoma)」を立ち上げ、コレクションを展開。ブリジット?マクロン仏大統領夫人やフランスの著名人をクライアントに持つ。
近年はフォトグラファーとしての活動にも力を入れる。雑誌のエディトリアルやレノマのキャンペーン撮影を手掛け、ファッションデザインとは異なる角度からもブランドの世界を表現している。さまざまな分野への挑戦は、まさに父から受け継いだ自由の精神を体現している。
「人生において好奇心を持ち続けることが大切。ずっと同じことをしていると、感性を失ってしまうからです。変化にはリスクが伴いますが、人生も、生きること自体もリスクの連続ですから」。

レノマのアーカイヴには、服を超えた物語が宿る。ジョン?レノンが「イマジン」のミュージックビデオで着用したジャケットは、ロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館に収蔵され、ダリが愛用したジャケットは展覧会のために貸し出されるなど、現在も文化的価値を持つピースとして扱われている。
「ジミ?ヘンドリックスのジャケットや、ジム?モリソンが着るはずだったブルースカイジャケットなど、パリの地下のアトリエには膨大な数のアーカイヴがあります。これらは単なる物ではありません。まさに歴史であり、着る人の人生や愛情、感情の一部なのです。過去にはオノ?ヨーコから直接連絡がきたこともありました」。
最近では若い世代が、親や祖父から受け継いだレノマのジャケットを大切に着ている姿を見ることもあるという。
「20?30代の人が、"家族から受け継いだレノマのジャケットを今も着ています"と言ってくれることがあります。まるで宝物のように大事そうにして。世界中の人々が、レノマのアーカイヴに宿る物語の一部を求めているのだと思います」。


現在のレノマは、アーカイヴの復刻と新作コレクションの両軸でブランド展開をしている。年に2回のメインコレクションに加え、VIP顧客に向けた受注生産も行っている。日本では、1990年代から伊藤忠商事とパートナーシップを結んでおり、「renoma PARIS」や、スタイリストの熊谷隆志がディレクションするゴルフブランド「renoma GOLF」などが展開。いずれもブランド独自のフレンチのエスプリを効かせながら、日本の市場に合わせたコレクションを製作している。
ステファニーにとって、日本は特別なマーケットでもある。初来日は約25年前。父と共に、表参道のスパイラルホールで開催されたレノマの展覧会のために訪れた。
「その時に、"私のゴールは日本、東京だ"と感じました。日本はファッションだけでなく、ビューティやライフスタイルなど、あらゆる分野で最も興味深い国の一つです。多くのトレンドが日本からフランスに伝わってきましたし、日本人のライフスタイルには誰もが憧れています」。
ファッションや飲食、アートなどを融合させたプロジェクトにも関心を寄せている。すでに進出しているホテルビジネスでは、テルアビブでブティックホテルを運営、またブエノスアイレスでも新規開業を控え、ファッションに留まらないライフスタイルを提案している。
数多くのブランドが存在し、情報やトレンドが絶えず移り変わる現代において、レノマが提供できる価値とは。最後にそう尋ねると、同氏はこう答えた。
「レノマは、マーケティング主導の商業的なブランドとは違います。時代のアイコンに愛されてきたこそ、表面的なセレブリティマーケティングの手法にレノマにはそぐわない。ブランドを愛してくださる顧客の心の平穏であり続け、レノマを着るということは、歴史の一部を所有すること。もしあなたが、他とは違う何かを求めているのなら、そこにレノマがあります」。

最終更新日:
ADVERTISING
PAST ARTICLES













